ある冬の日の桜


1 ある定休日

 

 目が覚めて、窓の外を覗くと意外な世界が展けていた。
 真っ白い、純白の、白銀の……
 雪。
 雪が降り、そして積もっていた。
「ん〜」
 窓を開け、伸びをする。涼しい朝の空気が、すうっ、と流れ込んでくる。
 心地良い冬の朝……と思ったが……
 今日は少し寝坊してしまった。でも大丈夫だ。今日は十二月の第四土曜日。事務所の定休日の一つだ。
 私はまずパジャマ姿のままで顔を洗い、そして服を着替え、朝食を摂った――フレンチトースト二枚と牛乳。
 その後歯を磨いたら、もうすることが無くなった。
 普段ならこれから事務所に出勤して書類の整理などをするのだが、今日は事務所の定休日。仕事が無いとこうもすることが無いものかと思い知らされた。これまでの定休日には、澄沢君からいつも電話が……
 そうだ! いつもなら澄沢君から電話が掛かってきて、何がしかすることが出来るのだ。それは例えば昼食のお誘いだったりして、私は服選びやお化粧に時間を費やす。と言っても昼食の誘いは滅多に無い。なのに何故私はまっさきにこれを思い浮かべたのだろう?
 いつも電話がかかってくるのは午前九時頃。午前中に電話がかかってくる。たまに掛かってこないと思うと、昼過ぎになってから掛かってくる。今日は遅いのね、と言ったことがあるが、その時は寝過ごしたということだった。
 現在時刻は、午前十一時三十分を過ぎたところ。澄沢君からの電話は、無い。いや、もしかすると私の眠っている間にあったのかもしれない。私が気付かず眠っていたというだけで。
 そうかもしれない。しまった! また掛けてきてくれれば良いのだが……
 いや、そんな消極的になる必要も無い。たまにはこちらから電話してみるのも悪くない。そういえば、と思う。
 澄沢君は、電話が苦手だったはず……「機械によって隔てられ、言葉のみでコミュニケーションをとるなんて、苦痛極まりない。話題が切れたらどうすればい いんだい?」と熱く語っていたほどだ。それなのに何故か、定休日になると必ずと言って良いほど電話をかけてくる。どういう風の吹き回しだろう?

 トゥルルルルルルルル、トゥルルルルルルルル……

 電話だ!
 その時私は何故か、喜び勇んで駆け出していた。受話器を取り上げ耳に当てる。
「はい、桜です」
『ああ、桜さん。こんにちは、澄沢です。出かけてたの? 九時過ぎぐらいに一度電話掛けたんだけど……』
 やはり眠っている間に掛けてきていたのだ。
「え、ああ、ごめん、寝てた」
 そう言って、私は恥ずかしさを隠すように笑った。
『ああ、そうだったの。まぁ、休みだしね』
「うん……それで?」
『ああ、それなんだけど、折角の休みだから邪魔しちゃ悪いだろうし……』
「ううん、いいの気にしないで。何もする事無くて困ってたぐらいだから」
『ああ、そうなの? ふぅん、じゃあ……』
 少しの沈黙。何を迷っているのか。
『じゃあ、事務所のほうへ来てくれない? ちょっと用事があってね……』
 そういう澄沢君の声は、緊張からなのか少しずつトーンが下がっていく
「用事?」
『う、うん。まぁ、一応大事な用事が……』
 ドキリとする。それが何故か分からず戸惑って言葉が継げなかった。
『ああ、やっぱり休みだしね。嫌なら良いよ、ゆっくりしてて。それじゃあ……』
 話を打ち切って電話を切ろうとしているようなので、私は慌てた。
「ううん、いいわ! 行く!」
 自分でも驚くほど大きな声で答えていた。それで澄沢君も驚いたらしく、暫し沈黙が出来る。
『……あ、ああ、そう。それは助かるよ。じゃあ、別にそんなに急がなくても大丈夫だと思うから、慌てずに気を付けて来て』
「うん、分かったわ。安全第一でなるべく急いで行くから」
『ああ、じゃあ気を付けて』
「うん、じゃあ事務所で」
 受話器を置く。すると何故か溜息が出た。受話器に掛かった自分の手を見ると、ぎゅっと力を込めて受話器を握っているのに気付く。慌てて離すと、また溜息が出た。
 これほど精神をすり減らしたのは久しぶりだ。それに併せ、どっと疲れがでてきた。もしかして風邪でも引いたのかと心配になって、体温計で測ってみたが平熱だった。体もだるくない。もう回復しているようだ。
 それほど急がなくても良いとの事だから、お化粧もゆっくり出来る。と言っても、私はお化粧というものにはあまり時間をかけない。今までの最長記録は三十 分だ。普段は二十分もかからない。女友達にこのことを言うと、そんなに薄くて済むのも今の内、と言われる。だが少なくとも今の私は、年を取ってもあまり濃 い化粧をするつもりは無い。
 私は手短にお化粧を済ますと、戸締りを点検し、傘を持って出かけた。

 東京では雪が降らない年もある。それが今年は積雪するほどに、今も尚降り続いている。それほど珍しいわけでもないが、一年に一度しか来ない冬だから、やはり珍しい思いになる。
 ザクザクと音を立てながら雪を踏み鳴らし歩くこと十分弱、事務所の建物が見えてきた。澄沢探偵事務所は、私の暮らすマンションから歩いて行ける距離にあるのだ。
 黒塗りの階段を昇りインターフォンを押すと、
『はい、どちら様ですか?』
「桜です」
『ああ、入って。開いてるから』
 私は扉を開けて中へ入った。
 傘を傘刺しに入れ、玄関で靴を脱ぐため屈んでいると、後頭部の向こう側から澄沢君の声が聞こえた。機械を通さない生の声を聞くのは、今日は初めてだ。
「いやぁ、すまないね。折角の休みに」
「ううん、いいの。本当に暇で困ってたから」
 私は顔を上げ、笑って応えた。
 室内用のスリッパに履き替えた後、普段ならまず事務室へ行って書類の整理や報告書の作成などをする。しかし今日は仕事ではないから、どこへ行けば良いのだろうと思って澄沢君を見た。彼は右の人差し指を横にして鼻の下にあて、左腕はお腹にあててボーっとしていた。
「どうしたの?」
 すると彼はハッとして、黒縁眼鏡のズレを直すと腕を解いてこちらを向いた。珍しく目が合っている。
「え、ああ、じゃあこっちへ」
 そう言って彼は奥へ進む。奥とは玄関から向かって正面奥で、そこは事務室になっている。事務室の手前には左に彼の寝室へ続く扉があるが、まさかそこへ行 くことはあるまい。その反対側、玄関から向かって事務室の右側には、キッチンへ続くドアがある。もしや料理を作っていて失敗したとか、昼食作って、とかそ ういうことだろうか? 少なくとも今まででは一度もそういうことはなかった。
 ということは、やはり事務室か?
「今日はどうしたの?」
「うん、ちょっとね」
 言ってこちらを振り向き微笑する。その微笑は苦笑ともとれた。
 やはり思った通り、彼は事務室へ入る。私も続いて入る。入ったのだが……
「何これ!?」
 事務室の中は荒れていた。泥棒に入られたと言うほどではないが、床に書類が散らばっていた。それ以外のものはいつも通りデスクの上に置かれている。
「何なのこれ? どうしちゃったの?」
「いやぁ、ちょっと必要な書類を探してたんだけど、いつの間にかこうなっててね。ハハハ。しかもシュレッダーに通す予定だった要らない書類をまとめて入れてたダンボール箱をぶっちゃけちゃってね。いやぁ、何が要らないもので何が要るものなのか分からなくなっちゃって」
 そういう澄沢君は笑顔だ。私は全然楽しくない。するとこういう事か。彼はこれを私に、一緒に片付けさせるために呼んだのか。確かにダンボール箱に入っていた要らない書類というのは私がまとめていたものだから、彼には分からないだろうが。
「これを片付けさせるために呼んだの?」
 私は思ったことを訊いた。
「ああ、うん、まぁ。いやぁ、ごめん、折角の休みに。桜さんがいないと書類の区別がつかないものだから」
 彼は苦笑しながら応える。私はガックリとした。一体何に落胆したのか分からないが、何か期待が外れたような、そんな気がする。

「じゃあすまないけど、桜さんはここら辺の書類を整理してください。僕はあっちの奥の方を、まず自分で分かる範囲で片付けるから。分からなくなったら、すまないけど逐一訊きに来るよ」
 そういうわけで、私は入り口付近の書類整理をする事になった。それにしても一体何の書類を探していたらこうなるのか。まるで何かのスパイに機密書類を狙って荒らされたかのようだ。何せ落ちているのは書類だけ、それ以外のものはちゃんとデスクの上にある。
 十分ほど続けていただろうか。不思議な事に、今までで一度も澄沢君は書類について訊いてこない。自分で分かるのだろうかと思って彼の方を見ると、どうやらちゃんとやっているようだ。ふと視線が合った。彼はすぐに視線を逸らして作業に戻る。
 更に五分ほど時間が経った頃、変わった書類の束を見つけた。それはホッチキスで左側を二箇所留められた縦長のA4サイズの印刷紙だった。変わった、というのは、今まで一度も見たことが無い書類だったからだ。
「ねぇ、澄沢君」
「ん、何?」
 彼は一瞬目を大きくして顔を上げた。勢い良く顔を上げたので、眼鏡がズレた。彼はそれを直すと私が何も言わないうちから立ち上がってこちらへ来ようとするようだった。私は彼に書類を見てもらいたかったから、私も立ち上がって彼に寄る。
「これ何?」
 私は見つけた書類を彼に手渡す。すると彼はさっきよりも長い間大きく目を開いて、それを受け取った。
「ああ、これは!」
 そう言って彼はフッと笑った。
「何なの、それ?」
「ああ、うん。これは……いや、ちょっと作ってみたんだ」
「作った? じゃあこれ、澄沢君が打ち込んだの?」
「うん、そう」
 私は彼の手にある書類の、一ページ目、表紙と思われる紙に書かれている文字を声に出して読んでみた。
「木製義足の謎」
 エラリイ・クイーンの国名シリーズのような響きだ。ということは推理小説の類だろうか。
「フフ、ちょっとしたハウダニット・ミステリなんだけどね。まぁ、推理クイズみたいなものかな。トリックは低レベル」
「ああ、やっぱりミステリなのね。へぇ、作ったの? 凄ーい」
「いやいや、登場人物の名前なんてAとBとCの三人だけだし、トリックも簡単だよ」
「ふうん」
 私は興味を抱いて覗き込んだ。すると、
「読んでみる?」
「うん、読みたい」
 私は思うがままを答えた。
「じゃあ書類整理は中止して、これ読んでみてよ。僕としても誰かの感想を聞きたかったし……そうだ!」
「何?」
「これは一応犯人当て、というかトリック当て小説みたいな形になっているんだよ。だからさ、桜さんがトリックを当てられたら賞品をあげるよ」
「え、賞品? なになに?」
 私は詰め寄った。
「ああ、それは当ててのお楽しみでしょ」
 そう言って彼はニヤリと笑う。
「僕は一人で書類整理を続けてるから、桜さんはソファにでも座って考えてて。……そうだなぁ、読み終わって考えるのに、三十分もあれば充分過ぎるぐらいかな。まぁ、とりあえず三十分と言う事にして、これから三十分の間。読んでトリック当てに頭を使ってみてよ」
 そして私は、彼から『木製義足の謎』を受け取り、事務室入り口脇の黒いソファに座ってトリック当てに取り組む事になった。その際、解答編なる部分が印刷されている紙、つまり一番下の紙は、澄沢君が引きちぎって持っていった。

 

     木製義足の謎

 (問題編)


 ある館で二人の男女の死体が発見された。その二人の身の上などの情報はこの際どうでも良いことである。ただ、被害者の一人、A氏の身体的特徴については特筆すべき点がある。
 A氏は右足を事故で失っており、木製の棒の義足をつけている。
 もう一人の被害者は名前をB氏というA氏の妻である。それ以外の点を気にする必要は無い。
 次に現場の状況。
 現場の館は、死亡推定時刻当時、雪は止んでいたが、まわりは雪で囲まれていた。積雪は五センチほどだった。だから二人が殺されたのだとすれば、雪の上を 歩いて脱出する時の足跡が残っているはずだ。だが、外の道から館に続く小道には飛び石が所々設置されていて、足跡を残さず中への侵入、外への脱出が出来そ うである。しかし、それは途中までで、途中からは不可能なのだ。
 飛び石は途中までは飛んで渡っていける距離ごとに設置されているが、あと少しで館のポーチに辿り着くところで、飛び石が途切れていて、とても人間が飛ん で渡れるような距離ではない。そして館の中の物を使っても、そのポーチと飛び石との間を繋いで橋に出来るような長いものも無い。
 そしてその間の雪道には、一組の館の中へ向かう足跡だけが残されていた。
 左足の分が十四個、右足の――と思われる――分が十三個。
 それは木製の棒状の義足を使っているものの足跡だった。右足の跡と思われる跡は、木製義足で踏んでいったような、まるい跡になっているのだ。だからそれはA氏の足跡だと推察されている。館の周囲をくまなく探したが、それ以外の足跡は一つも見つからなかった。
 そして館の様子。
 玄関扉は両開きの大きなもので、事件発覚当時は開け放しになっていた。だから誰も中に入ることなく事件が発覚し、警察関係者以外の人間の足跡はつかなかった。
 玄関には靴が置いてあるのだが、それは乱れていて、滅茶苦茶に散乱していた。そこ以外は全然荒れていず、平静時のままらしかった。
 玄関を入るとすぐにB氏の死体が現れる。B氏の死体のすぐ近くには階段が二階に上がっていっている。B氏は、後頭部を何かで殴られていた。その時の脳挫傷が致命傷となったようである。
 奥へ進むとA氏の死体が壁に凭れかかるようにして座っている。A氏は、心臓にナイフを突き立て、それを逆手で握っていた。ナイフは館の応接室にあったものらしい。その一撃が致命傷となったのは明らかである。恐らく即死だったろう。
 次に周囲に住む住民達の証言によると、昼過ぎに館に入っていく三人の人間を見た、という証言がいくつも得られた。内一人は、シルクハットにタキシード、ステッキまで持っていたというあまりにも時代遅れの格好をした英国紳士風の男だったとの証言も得られた。
 そのことから、館には三人の人間が入っていったということの信憑性はかなり高いものだということが分かった。この際事実だと言っても良いだろう。
 そしてその時見た人相風体を頼りに、一人の人間が見つけ出された。それがC氏という男である。何せ目立つ格好をしているから、すぐに誰か判明した。
 捜査の結果、A氏、B氏、C氏の間に、交友関係があったことが分かった。しかし、その三人は皆隠遁者で、A氏とB氏は夫婦である。C氏は彼ら夫婦の唯一の友人である。
 館内部は荒らされていず、金品にも手がつけられていない。強盗の仕業とは思われない。
 館周辺に足跡がないことから、当初はこう考えられていた。
 まずA氏が何か鈍器でB氏を殴り殺し、その後ナイフで自殺した、というものだ。
 鈍器はA氏の木製義足だということが判明した。A氏の木製義足には血が付いていて、しかも義足が凹んでいた。この凹みはB氏の頭を殴った時に出来たものと思われる。
 しかし、そこで気になるのはC氏の存在である。C氏が二人と共に館へ入っていったことは複数の人間によって証言されている。
 だが彼は事件発覚当時には館の中にはいなかった。彼はいつ出ていったのか。以下に彼の証言を挙げる。
「確かに私は彼らと共に館へ入った。しかし、私は途中で帰ったんだ。雪が降る前だった。ああ、その時外の道までA氏が見送りに来てくれたんだ。それからすぐだったかな、雪が降り始めたのは。それからA氏がどうしたのかは知らないよ」
 C氏がA氏に見送られて帰って行った時の様子を見た者は誰もいなかった。
 もしC氏の証言が本当なら、この事件はA氏による無理心中かのように見える。
 だが、そう簡単に事件を収めることは出来なかった。
 A氏のナイフを握る手の中に、C氏の頭髪が握られていたのだ。
 ナイフと手との間に挟まれていたため、これは事件前に掴まれたものとは思えない。事件当時に握られたと考えるのが妥当である。
 更に、検案の結果、これはA氏の犯行であるはずがないことが判明した。A氏は両腕も事故で神経を負傷しており、物を掴む程度なら力が入るが、人を鈍器で 殴り殺すなど不可能、とのことだった。B氏は後ろから後頭部を殴り、殺されているので、自殺とは思えない。自殺でもなく、A氏が殺してもいないのだから、 B氏は何者かA氏以外の者によって殺されたという事になる。
 では次に、A氏は誰に殺されたのか。B氏だろうか。仮にそうだとしても、B氏が誰か他の人物に殺された事は明らかだから、誰か二人以外の者がこの事件に関与していることは疑いない。
 死亡推定時刻を割り出すと、二人はほぼ同時に殺されていることが分かった。B氏を殺した犯人が、A氏の殺害にも関係しているとみても良いだろう。
 では、それは誰か?
 それはC氏しか考えられない。A氏もB氏も、C氏以外に友人は無く、他の者に恨みを買われることは考えられないからだ。
 では、どうやってC氏は犯行を行い、犯行後、どうやって館から脱出したのか。
 
 ここで一つ。館内部には色々なものが置いてある。二人の夫婦が住んでいるのだから、日常必需品などは勿論の事、色々なものが揃っている。だが、特に変わったものはない。思いも寄らぬ珍品などはない。
 いわゆる"密室殺人"という条件の下で、C氏の犯行法、脱出法を推理していただきたい。
 Howdunit――どう殺ったか
 あなたにそれが分かるか?

 

2 桜の推理

 

「う〜ん」
 私は『木製義足の謎(問題編)』を読み終え、唸っていた。
 どう殺ったか……
 読み始めてから五分ほど経過していた。残り時間は、大体二十五分だ。これだけで充分過ぎるらしい。
 私が考え込んでいるのに気付いたのか、澄沢君が近づいてきた。
「どう、読み終えた?」
「うん、今読んだところ」
「分かりそう?」
「う〜ん、まだよく分からないわ」
「そう。頑張って」
 そう言って彼は微笑し、また奥の方へ戻っていった。

 では改めて、『木製義足の謎』を考えてみよう。
 題名に『木製義足』と付いているのだから、やはり木製義足に何かあるのだろう。
 木製義足、木製義足……
 それはB氏を殺害した凶器。凹んでいる。血が付いている。
 義足というのだから、それは足に付いているものだ。たしか作中で、それは右足だというような記述があった。
 右足の義足。凹んでいて血が付いている凶器。
 A氏は両腕の神経を故障していたので、物を握ることは出来ても人を殴り殺すような力はなかった。だから、A氏がB氏を殺したとは考えられない。少なくともB氏はC氏によって殺された。そしてB氏は鈍器、つまりA氏の義足で殴り殺されている。
 A氏の義足でB氏を殺すには、A氏から義足を取らなければならない。生きているA氏に、義足を貸してもらうことなど出来るだろうか? まず考えられな い。義足を貸してくれと言われて、はいどうぞと貸すとは考えにくい。となると、恐らくA氏が先に殺されて、それを目撃したからB氏も殺された……
 うん、それがしっくり来る。
 次に動機を考えてみよう。
 A氏とB氏は夫婦。そしてC氏は二人の唯一の友人。
 そうだ! C氏が、B氏に横恋慕していたとしたら……そしてC氏はA氏殺害を謀る。そしてそれを実行し、自殺に見せかけるために逆手にナイフを握らせた。
 その時、階上から降りてきたB氏も殺された。当初のC氏の計画ではB氏を殺すことは考えていなかったのだろう。C氏はB氏に横恋慕していたのだから、B 氏まで殺してしまっては、A氏を殺した意味が無い。それとも自分のものにならないぐらいなら、いっそ殺そうと思ったのか。
 そうか、きっとB氏はA氏が殺されているのを見て、怯えて逃げ出したに違いない。それだけならまだ助かったかもしれないが、恐らくC氏を罵るような事を 言った。それでC氏は激昂して、B氏を殺す事にした。ナイフはA氏を自殺に見せかけるためにA氏の体に刺さったまま抜けないので、A氏の義足を取り外し、 それで殴り殺した。
 うん、これもまたしっくり来る。きっとこれで合っているに違いない。
 最後に、この小説最大の難関と思われる謎が残っている。そうだ、館からの脱出。死亡推定時刻当時は、雪が積もっていたから、脱出する時の足跡が残ってい る筈である。それが無い。あるのは館のポーチへ向かうA氏のものと思われる右足が義足の足跡が一組のみ。義足は木製。丸い……
 館には日常必需品以外にも色々なものがあったというが、特別珍しいものはなかったという。こんな記述があるということは、何か物を使った可能性がある。しかし、読者にそう思わせるためのひっかけという場合もある。最後の方に書くことでその効果は増す。果たしてどちらか。
 残り時間は……十五分。
 まだ余裕はある。両方の場合を考えてみよう。
 何か物を使って脱出した……だが、橋に出来るほど長いものは無い……う〜ん……何かありそうだが。
 あの記述はひっかけで、物は使っていないとしたら。しかし物を使わず脱出できるだろうか。人力で飛び移れるような距離ではないし、不可能のように思われる。ではやはり物を使ったのか。
 物を使った形跡はないだろうか。庭に残っている跡らしい跡といったら、A氏の館へ向かう足跡のみ。その足跡は右足が義足で……
 そういえば、物と言っても館の中の物だけとは限らないではないか。そうだ、C氏は英国紳士のような風体だった。シルクハットにタキシード、そしてステッキを持っていた。
「あ!」
 つい声に出してしまった。分かったのだ、トリックが。これぐらいしか脱出方法は無い。
 私の声に驚いた澄沢君が、ビクっと震えたのが視界の隅に入っていた。彼は突然のことに驚きやすい。小心者と言うわけではないのだが、予想していたことと 真反対のことが起こると、今のようにビクっと震えるんだと言っていた。すると彼は、今ちょうど、まだ私には分からないだろうなと考えていたらしい。
「どうしたの、もしかして分かった?」
「フフフ、分かったわよ。まだ分からないだろう、なんてことは無いわ」
「ええ?」
 これは図星だろう。驚いた様子でこちらを見てくる。
「フフ、今そう考えてたんでしょ? 今ビクって震えたの見たもの。予想と真反対のことが起こるとそうなるって言ってたじゃない」
 名探偵とはこういう気分なのだろうか。だとしたら中々良い気分である。
「え、ああ。そういう推理をしたのか。しかし残念ながら違うよ。今さっきのは驚いてビクっとしたんじゃなくて、書類に足を取られて滑ったんだ」
 負け惜しみだ。
「ふうん、負け惜しみじゃないの?」
 嫌らしい声で言ってやった。すると彼はハハハと笑い、
「そうか、そうとも取れるね。まぁ、どっちでもいいよ。でも僕がそのことについて証言を求められたら、さっき言ったように書類で滑ったと言うね」
 どうやら本当に外れたらしい。澄沢君はこういうことでは嘘をつかない。
「なぁんだ。そっか、視界の隅だったからよく分からなかったのよ」
「あれ、桜さんこそ負け惜しみ?」
「うっ」
 痛いところを突く。
「ところで、謎は解けたの?」
「ああ、そうだった。うん、わかったわよ。賞品はいただきね」
 言ってフフと余裕の笑顔を見せてやった。
「ほう、余裕だねぇ。じゃあ桜探偵の推理を聞かせていただこうかな」
 そう言って彼は私の隣にドッカと腰を下ろした。そして私は語った。私の推理を。
 私が考えた脱出方法はこうだ。
 A氏は箒か何かを二本持ち出し、一本を横にしてもう一本の下の方に縛り付け、竹馬のようなものを片方作る。
 それを使い、A氏の義足の足跡のように見えるように飛び石まで飛んでいった。
「どう、あってるでしょ?」
 すると、私の予想に反し、澄沢君は唸ってしまった。
「う〜ん……」
「え、違うの?」
「いや、惜しい! 実に惜しい!」
 なんと。自分では完全正解だと疑っていなかった答えが、違うというのか。
「ええ? そんなぁ、そうとしか考えられないじゃない?」
「犯行後の脱出方法の推理が惜しい、だけどあと一つ、忘れているのか気付かなかったのか、見落としている点がある」
「え、分からないわ。何がいけなかったの?」
「忘れてない? 左足のこと」
「左足?」
「じゃあ、これ」
 と言って、ずっと手に持っていたらしい、『木製義足の謎(解答編)』を私に渡してきた。
「折角書いたんだし、読んで理解してみてよ。僕の文章で分からなかったら僕の文章もまだまだだなぁ、ってことも分かるし」
「う〜ん、一体何が……」 
 ぶつぶつ言いながらも私は受け取り、読み始めようとする。
「じゃあ、僕はまだ整理が残ってるから」
 そう言って彼は立ち上がり、書類の整理に戻っていった。驚いたことに、床の書類は殆ど奇麗に片付いていた。なんだ、やっぱり自分一人で出来るではないか。
 気を取り直して、解答編を読むことにした。

 

     木製義足の謎

 (解答編)


 答えは簡単である。まず、犯人がC氏であることに間違いは無いと言っておく。
 では、C氏はどのように殺し、どのように脱出したのか。それは以下の、良心の呵責に耐えかね、自首してきたC氏の証言を読めば分かるだろう。

「私は、B氏のことを愛していました。しかしB氏にはA氏という夫がいて……私はその夫が憎かった。B氏のような婦人を、A氏のようなものが妻にもらっているだなんて、信じられないことでした。
 A氏はあのとおり、手も足も不自由で、B氏に苦労ばかりかけていたのです。それでもB氏はせっせと世話をして……辛そうでした。
 それで耐え切れなくなったんです。私はB氏を苦労から救ってあげようと、助けてあげようと思った。それでA氏を殺したんだ。それなのに、B氏は……
 順を追ってお話します。
 私はいつものように月の最後の土曜日のパーティに呼ばれていました。あの夫婦はいつも月の最後の土曜日に小さなパーティをやるんです。ま、パーティと 言っても、私を含めてたった三人でやる、小さなものでしたがね。でもまぁ、あんな立派な西洋建築の館ですから、それなりの雰囲気はありました。
 そしてパーティが終わったあと、A氏が文句を言い出したんです。どんな文句かと言いますと、B氏に向かって義足の調子が悪いと怒鳴るんです。なにも義足 の調子などB氏には関係ないのは分かりきっているのに。それなのにA氏はしきりに怒鳴るんですよ。B氏は黙って耐えているだけでした。見かねて仲裁に入り ましたが、駄目でした。逆に私まで怒鳴られましてね。出て行けといわれましたよ。その時に私の堪忍袋の緒が切れました。しかしまぁ、その場で暴れて殺して しまっては、私が捕まるのは目に見えています。なんとかA氏を殺して、B氏と一緒になる方法は無いものか、私は考えていました。しかし良い案も浮かばず、 それで一旦A氏と共に外まで出ました。追い出されるような形でね。
 すると、少しですが外では雪が降り始めていました。ほんの少し、雪道に足跡がうっすらと残る程度に、すでに積もっていました。
 私はA氏に見送られ、往来に出ました。そして一度歩いて帰ったように見せかけましたが、実は塀に姿を隠していたのです。そしてA氏が立ち去ったのを見ると、私は急いでポーチまで走りました。それで私は中へ入り、応接室に飾ってあったナイフを持ち出し、A氏を探しました。
 すると奥の部屋にいたので、ナイフで一撃! ハッハッハ、あの時は愉快でしたよ。しかし、その時にどうやら髪の毛を抜かれたらしいですな。全然気付きませんでしたよ。  それで自殺に見えるよう工作し終わると、B氏が階上から降りてきました。
 そしたら驚いたことに、私を罵倒するんですよ。なんてことをしでかしたんだ、とかね。……それ以上は言わせないで下さい。思い出しただけでも不愉快だ。
 それで私はかっとなり、逃げようとするB氏をA氏の義足で殴り殺してしまいました。ナイフは自殺に見せかける工作の為にA氏の胸ですから、使えそうな物 といったらそれぐらいしか思いつかなかったんです。それにA氏がB氏に、ゆるんできている、と文句を言っていたのも聞いていましたしね。
 そうしたら、私は急に恐怖にとらわれて、急いで帰ろうとしました。しかし、外へ出ると、驚いた事に雪が大降りになっているではありませんか。しかも大分 積もっています。これでは普通に外へ出ると足跡が残ってしまいます。A氏B氏夫妻の友人といったら私しかいないことは知っていましたし、館に入るところを 誰かに見られていたら困ります。いや、入るところを見られているぐらいならなんとか誤魔化せるでしょう。そこでその誤魔化し方を考えました。
 そこで私は、箒を二本ばかり探してきて、一本を横にしてもう一本に釘で留めて、更にロープで縛って両サイドに飛び出した竹馬の片割れみたいなものを作り ました。それで、A氏の義足によってつけられた足跡のように……ほら、最近の子ども達がやっている、なんと言ったかな……そうだ、ホッピングだ。それみた いに飛び石まで飛んで行こうと思ったんです。
 その道具はもう燃やしましたが、館の掃除用具入れの扉裏に、中のものが逐一チェック表みたいに書いて張ってあります。それで箒が二本足りないことが分かるでしょう。
 ホッピングで飛んで渡る前にまずやっておくことがありました。A氏は左足は健常なので、左足の足跡を残しておかなければなりません。
 それはステッキを使えば偽装できる事に気付きました。ステッキと、自分の腕の長さを足せばポーチと飛び石の間の距離の半分にはなりました。そこで、ス テッキの先にA氏の靴を引っ掛けて、遠くの方から、置いては押し付け、持ち上げて……と繰り返して順に足跡をつけていきました。ポーチから飛び石までの半 分の跡付けを終了すると、私は作った竹馬の片割れを使い、右足の義足の足跡のようになるようホッピングで飛んで渡りました。私はこれでも運動神経には自信 があるので、それぐらいなら何とか成功しました。まぁ、右足の足跡に見えないことも無かったと思います。
 飛び石に移った私は、残りの飛び石からポーチまでの半分を、また同じようにして左足の足跡をつけました。そしてA氏の靴は開け放した玄関の中へ放り込んでおきました。一つだけ靴が転がっているのも変に見えると思い、玄関の靴だけは荒らしておきました。
 後は飛び石を飛んで渡っていけば往来に辿り着けます。
 以上が、私のやったことの全てです」

 

3 ある豪華賞品

 

「ああ、左足ってこのこと!」
 気付きはしたものの、納得がいかない。そのことについては、私にも考えが無い事も無い。
「でもこれって、左足の跡は別にC氏がつける必要もなかったんじゃないの?」
「どうして?」
 澄沢君は妙な笑顔を浮かべて、私の座っているソファに近づきながら訊いてくる。
「だって、確か……問題編のほうに……」
 私はソファの上に置いていた問題編のある部分を探す。
「ここ、ここ」
 それは見つけやすい部分だったので、すぐに見つかった。私は澄沢君にその部分を指し示す。
 それは問題編で唯一の人間の台詞、C氏の証言の部分だ。

『確かに私は彼らと共に館へ入った。しかし、私は途中で帰ったんだ。雪が降る前だった。ああ、その時外の道までA氏が見送りに来てくれたんだ。それからすぐだったかな、雪が降り始めたのは。それからA氏がどうしたのかは知らないよ』

「ああ、やっぱりね」
 彼はその部分を見ると、そう言いながら、また私の隣に腰掛けた。
「何がやっぱりなの?」
「桜さんは勘違いしてるよ」
「だから何が?」
 私はいらついていた。その様子に気付いたのか、澄沢君は慌てて説明する。
「ああ。ええと、桜さんはきっとC氏が一度外へ出る時、A氏も一緒に外に出てきて、その時雪が降っていたから、A氏が館の中へ帰るときに、A氏の足跡がついたんじゃないか、と思っているんでしょ?」
 その通りだったので、私は頷いた。
「でも、この時はまだ雪は降り始めたばかりで、たとえ足跡が残ったとしても、次々と降ってくる雪で埋められるんじゃない?」
 ああ、そうだ。普通に考えれば分かる事だった。なんて馬鹿だったんだ。これはあまりにも馬鹿すぎるミスではないか。落胆で溜息が出た。
「惜しかったね。実に惜しかった。……ああ、でも、そういえば」
「何?」
「今漸く制限時間が終わったところだよ。問題編を桜さんに渡してからちょうど三十分経った」
「うん、それがどうしたの?」
「桜さんが分かったようだったから、僕も慌てて訊いちゃって、制限時間のことをすっかり忘れていた。本当なら今までの時間、桜さんは自分の推理に穴が無いか点検できたはずでしょ。桜さんのミスは凄く簡単だったから、ちゃんと確認していたら気付けてたと思う。
 喋り始めた桜さんも桜さんだけど、やっぱりそれを指摘できなかった僕も悪かった。
 というわけで、桜さんには特別賞をあげよう」
 そう言い終わると、澄沢君は立ち上がった。
「特別賞? ってことは他にも賞があったの? 残念賞とか」
「え、うん、あったよ。賞のリスト作ったんだけどね。特別賞になるとは思わなかったから、作った意味無くなっちゃったな」
「賞のリスト? 見せて見せて」
 何故か澄沢君が渋るので、私は目で探した。すると意外に近いところにそれらしいものがあったので、私は手に取ろうとした。
 すると、澄沢君が「あ」と言って、私から取り上げようとしたが、途中で諦めたらしく手を引っ込めた。
「賞品リスト
 完全正解賞・・・豪華賞品
 努力賞・・・豪華賞品
 不正解・・・なし」
 私は声に出して賞品リストと銘打たれたものを読み上げた。『なし』だけが微妙に字が汚いのが気になったが、別にそのことは言わずにおいた。
「豪華賞品? 特別賞もそうなの?」
「うん、そう」
「なんなの? 今貰えるの?」
 期待が膨らむ。豪華賞品というのだから、それなりの物なのだろう。
 澄沢君は何も言わずに自分のデスクの抽斗の中をゴソゴソやっている。いよいよ豪華賞品と御対面か。そう思うと心臓が高鳴る。
 しかし、よく考えてみれば、デスクの抽斗に入るほどの大きさの物となると、あまり期待できないような気がした。漠然とした思いから、豪華賞品といったら大きな物というイメージが勝手に出来上がっていた。
 いや、もしかすると旅券かもしれない。それならデスクの抽斗にでも何枚も入れられる。旅行か、それも良いな、と思う。
 澄沢君は、目当ての物を見つけたようで、こちらに背を向けてそれを弄っているようだったが、ふとこちらを向いた。
 その手には、ギフト・ラッピングが施された縦長の箱があった。
「はい、これがその品です」
 言って私に渡す。私は受け取ると、色々と思いを巡らせた。この形の箱に入る豪華賞品とは一体なんだろう? そしてさっきから気になっていたのだが、澄沢 君の態度が妙によそよそしくなっている。もしや豪華賞品というのは嘘で、まるっきり逆の粗品なのか。さっき私に渡す時も『その品』と言って、決して『豪華 賞品』とは言わなかった。
 そうか! これぐらいの大きさで粗品といったら、ボールペンかシャープペンシルだ。横幅があるから二本ぐらい、ボールペンとシャープペンシルが一本ずつで入っているのだろう。
 そう見切りをつけた私だったが、一応中を確かめたい気持ちになった。今は私の手の中にある箱を、じっと見つめている澄沢君に訊いてみた。
「開けても良い?」
「え、ああ、うん、良いよ」
 私は右上の角と左下の角に結ばれているリボンをまず解くと、セロハンテープを、汚くならないように剥がして、なんとか紙を破かずに開く事に成功した。
 そして私の目の前に現れた縦長のものというのは……
 青い、宝石が入れられているのによく見かける、縦長のケースだった。
 宝石……縦長……
「まさか……」
 声に出ていた。まさか……まさか、これはネックレス!?
「ハハハ、高いものは無理だったんだけどね。まぁ、開けて見てよ」
「あ、うん」
 緊張しながら、私は蓋に手をかけた。縦長の蓋は、左に開いた。中には、予想通り、ネックレスが入っていた。
 雫型の大きめの、私の好きな桜色をしたインペリアルトパーズ、その上にはダイアモンドとピンクダイアが星を形作っていた。そんな奇麗な宝石が付いた、アジャスター付きのチェーンのネックレスだった。
「凄い!」
 澄沢君ではないが、思わず目を見開いた。これは確かに豪華賞品だ。ボールペンかシャープペンシルの粗品だろう、などと考えていたと思うと、澄沢君に申し訳ない思いになる。まさかこれほどまでに凄いとは。
「凄ーい。良いの、こんなの貰っても?」
「特別賞だもの。貰うべき賞品だよ」
「ええ、でも、これ高かったんでしょ?」
「いやいや、そんなに高くは無いよ」
「これ、結構大きいインペリアルトパーズね、何カラット?」
「う〜ん、確か、二,五三カラットだったかな」
「へぇ、大きいのね……値段もやっぱり、高かったんじゃない?」
「いや、高くは無いと思うよ」
「いくらなの?」
「……三十万ぐらいだったかな」
「三十万……結構高いじゃない。どうしてこんな良いものをくれるの? たかだか小説のトリック当ての特別賞で。ああ、たかだかって悪口を言ってるわけじゃないわよ」
「ああ、う〜ん。まぁ、それもあるけど。今日はクリスマスだしね」
「え!? そうだったけ。今日クリスマス?」
 全然知らなかった。今日はただ単に十二月の第四土曜日の、事務所の定休日だとしか思っていなかった。
「知らなかったの?」
 澄沢君も驚いている。それは私の驚きと理由が違うが。
「だからそれ用意した……あ」
 その時、私は漸く全てを理解した。
 今まで馬鹿な憶測を繰り返してきた私だったが、漸く私は気が付いた。
 彼は最初からこのネックレスを私に渡すつもりだったのだ。そのためにわざわざ書類を散らかし、それによって私を呼び出す理由を作り、そこで今度はトリック当て小説をわざとらしく書類の中に混ぜて私に発見させる――そういえば書類を整理する場所を決めたのは彼だった。
 そして偶然発見したようにみせかけ、私にトリック当てをやらせる。恐らく、彼はこの作品の出来を試すということもついでにやりたかったのだろう。彼は見せたがりだから。
 それで、たとえ私が犯行法が分からなくても、また完全正解であったとしても、賞品を渡せるように仕組まれていた。
 賞品リストには、不正解の場合は「なし」と書かれていたが、この「なし」が曲者である。これだけ字が微妙に汚かった。それはきっと、私の推理を聞いている間に、まともに紙面を見ずに書いたからに違いない。
 彼としては、ネックレスを渡すためにこんなことをした、と怪しまれないために、不正解の場合は出来るだけ「なし」にしたかったのだろう。でないと、どんな場合でも商品がありになってしまう。
 だけど、もし私の推理が無茶苦茶で、的外れの推理だったときの為に、不正解の部分は白紙にしておいた。私の推理が無茶苦茶だと思ったら、その時点で、不 正解でも賞品が貰えるようにすればいい。しかし、私に気付かれては拙いから紙面の方を向いて書くことが出来ない。『豪華賞品』と書くのは難しいから、 『〃』とでも書くつもりだったのだろう。
 しかしネックレスがギフト・ラッピングされていたらこんなことにも気付くだろう。彼はそんなことにも気付かなかったのだろうか。
 いや、彼は気付いていたに違いない。
 彼は、こう言っていた。
 自分の事を色んな人に理解してもらいたい。その為には自分の事を伝えなければならない。そして自分の良き理解者を探し、その人と交友関係を持ちたい。良き理解者なら裏切られることも無いだろうから。
 きっと彼は、最後には私に事の裏を気付かせたかったのだ。そして最終的に自分でばらす様な形になったものの、私は事の裏に気付いた。
 まったく憎い演出をしてくれる。しかしまぁ……
「ありがとう」
 言って私は微笑み、澄沢君の顔を見た。珍しく彼は私と目を合わせ、彼もまた、嬉しそうに微笑んだ。
 私達の間に、C氏はいない。

(了)


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