無我夢中


 

1.

 

 ここはどこだ?
 学校……自分の高校だ。自分の高校の、自分の教室。
 ここには今、僕と、少年がいる。
 君は誰だ?
 ああ、川本君じゃないか。
 僕は何をしているんだろう? 何故鉄パイプなんか持っているんだ?

 ガン! ガン!

 血。
 思ったほど出血は酷くない。
 (思ったほど?)
 おや、川本君が倒れている。頭から血を流して。
 僕がやったのか? 鉄パイプが血で汚れている。

「…………」
 
 と、突然。
 それは全く突然で、意外なものだった。
 恐るべき恐慌が飛来した。僕の心は、何故か後悔の念で完全に支配された。
 殺してしまった……人を殺してしまったのだ!
 人を! 鉄パイプで! 殴り殺してしまったのだ!
 
 何故、何故こんなことに?

 ガラガラガラ……

「…………」
「…………」
 木田君じゃないか。

 ガン! ガン!
 
 ああ、何故、何故また人を殺しているんだろう。
 心臓が破裂しそうだ。
 ああそうか。わかった。殺人の現場を目撃されたから、殺したんだ。

 これで、二人殺した――


 ――突然の場面転換。
 自宅の、食卓。家族団欒の時。
 僕は言おうと決断した……殺してしまったよ――


 ――ガバッ

 …………
 気付くと、僕は自分の部屋のベッドの中で、今目覚めたところだった。
 夢……? 夢だったのか。ほっとした。本当に、安堵した。
 あれは夢だったんだ。誰も、人を殺してなんかいない。

 食卓。平和な団欒。
 テレビがついている。朝のニュースだ。
 その頃にはもう、僕が見た夢の記憶は曖昧で、一体誰が出てきたのかさえ思い出せなかった。
 ただ、川本君が出てきたような、自分は鉄パイプを持っていたような、そしてそれで僕は川本君を殺したような、という至極曖昧な記憶しかなかった。それが正しいのかどうかも、自信が持てない。
 何故あんな夢を見たのか――尤も、どんな夢だったかは殆ど覚えていないのだが――考える。
 
 僕は、川本君を殺したいと思っていたのだろうか?
 川本君は、生徒の中でも割合僕と親しんでくれている。だが、川本君はちょっとばかり乱暴な所がある。ちょっと乱暴なちょっかいを出してくるのだ。彼はあ れでじゃれているつもりなのかもしれないが、僕にとっては迷惑以外の何物でもない。彼のような生徒はどこの学校にでもいそうなものだが、僕は基本的に暴力 というものが嫌いだから、そういう行為には嫌悪感以外の何物をも感じない。
 そういう思いが、僕の心の深層で、殺意に変わったのだろうか?
 ハッキリと夢の内容を思い出せないものの、僕は人を殺す恐怖を知った。あれは本当に怖ろしかった。
 後悔ばかりが僕の胸を占め、害敵から解放された気分など微塵も無かった。
 あれは悪夢というべき夢だったが、僕は一つ得たものがある。
 人を殺さずして人を殺した時の恐怖感を味わい、人を殺すと大変なことになる、何も嬉しいことなんか一つも無いと言う事を知った。
 そんな夢を見なければそんなことも分からなかったのかと、一般人には思われるかもしれない。しかし、それは俗人の考えだから無視に値する。俗人には私の ほうが異常に映るだろうが、百聞は一見にしかず、百見は一体験にしかず。夢とはいえ僕は殺人を経験したようだから、僕は俗人よりかは殺人の恐怖を知ってい ると思う。
 と、考えを遮る男性ニュースキャスターの声。
『今入ったニュースです。昨夜遅く、M県立T高校の校舎で、男性二人の他殺体が見つかりました。
 被害者は、いずれもT高校の生徒で、第一発見者は昨夜から学校に泊まっていた宿直の男性教師でした。
 ええ、この見つかった遺体は、何か鈍器のような物で頭部を殴られており、いずれも死因は脳挫傷と見られています。
 ええ、それでは現場の方にカメラが行っていますので、リポーターの塚本さんを呼んでみたいと思います。
 塚本さーん。聞こえますか?』
『あ、はい、こちら現場のT高校正門前です。現在は校内への侵入は警察関係者以外禁じられていまして、生徒も入れない状況です。
 え、しかし、今日は不幸中の幸いと言うべきか、日曜日で生徒達は、来ていません。ええ、それで――』
『塚本さん、あの、犯人の方は捕まったんでしょうか?』
 まだ喋ろうとするリポーターの声に被せるようにニュースキャスターが問いかける。
『えー、犯人は、未だ捕まっておりません。警察の二度目の記者会見が、ですね。この後十時から、またT市警察署のほうで行われるとのことですので、そちらで捜査の進捗状況が説明されると思われます』
『ああ、犯人はまだ捕まっていないんですね』
『はいそうです』
『容疑者の割り出しも、まだ何も分かっていないんでしょうか?』
『ええとですね、そういったことはまだこちらには何も伝わってきておりません。恐らく次のT市警察署の記者会見で、どうなっているか明らかになると思います』
 それ以降もニュースキャスターとリポーターのやり取りは続いたが、僕はそれ以上聞いていられなかった。
 僕の高校で、殺人事件があった。
 被害者は男子生徒二人。僕はぼうっとしていて誰が殺されたのか、被害者の名前を聞き逃してしまったが、僕の頭は勝手に決め付けていた。
 殺された生徒の内の一人は、川本君だ! そうだ、そうに決まっている。

 その決め付けは当たっていたことが、新聞を読むことによって明らかとなる。
 そしてもう一人の被害者は、木田君。

 僕は夢を思い出した。
 そして、彼ら二人を殺したのが僕でないことも。
 しかし、それが誰かということまでは分からない。

2.

 トゥルルルル

 電話の音で目を覚まされたのは、川本、木田のクラスの担任教師、来栖飯助だ。

「はい、来栖です」

「来栖先生? ニュースは見ましたか?」

「ニュースですか?」

 彼は未だ目が覚めやらぬ態で電話の主を想像する。なんとなく聞き覚えはあるが、寝起きの頭ではすぐには思い出せない。

「あなたのクラスの生徒が殺されたんですよ」

「え、コロサレタ?」

 その言葉の意味を噛み締める内、ようやく彼の意識は覚醒した。電話の主は学校の教頭だ。そして教頭の話では、うちのクラスの生徒が殺害されたらしい。

「え、どういうことですか? うちの生徒が殺された? 誰がです?」

「……川本君と木田君です」

「え、二人も殺されたんですか?」

「はい、もう早朝からマスコミが押し寄せています。お休みのところ申し訳ありませんが、学校のほうにでてきてもらえますか。職員全員に集まっていただくことになりましたので」

「分かりました。今から急いででます」

彼は電話を切ると、ネクタイ締めも適当に、早々に家を出た。
 学校に着き、職員室で校長の話を聞いている途中、同僚の飯塚雄太が声をかけてきた。
 こいつは僕の親友、いや、心友だ。こいつには何でも話せる。なんでも……
「後他に誰がいる?」
 何のことだ?
 僕は問う。
 すると彼は前屈みになり、小声で話し出す。
「おいおい、何言ってるんだよ。あのことに決まってるだろ? これでまず二人やったが、あと何人ぐらいいるんだ? お前が憎んでる奴は」

  *

 「僕」はT高校の教師。
 少し前までは、生徒とは友達のように接している、信頼厚い国語教師をしていたが、今は殺人幇助罪で裁判にかけられている。ただ、精神分裂症の疑いがあるとして、近々精神鑑定が行われる予定だ。


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