私的読解「魔法使い」論 私的読解「魔法使い」論
〜「コミュニタス」からの「未帰還者」としての「魔法使い」の《なりかけ》〜


(0)「コミュニタス」について

 予備知識としての「コミュニタス」については、こちらを参照していただきたい。こちらを理解しておいていただかないと、以下の文章は理解しがたいものとなってしまう恐れがありますので、申し訳ありませんが、先にそちらをお読みくださいますようお願いします。


(1)「未帰還者」について

 さて、今回私が考えるのは、「オタク」について、である。
 一口に「『オタク』について」と言ったところで分野は広いだろうが、今回はその中の、「『オタク』の現在について」考えてみようと思う。
 私は、前掲の記事中で、オタクとは居心地の良いストレス解消装置たるコミュニタスに留まってしまう人間だということを書いた。
 しかし、彼らの沈潜するコミュニタスは、「イデオロギー的コミュニタス」であり、その社会における実現は不可能であると結論した。
 この状況を見て、私はある単語を想起するに至った。
「未帰還者」である。
「未帰還者」とは、TVゲームやアニメなどを媒体とする「.hack//」シリーズに登場する用語である。
「未帰還者」の意味を説明するためには、「.hack//」シリーズの世界観を説明しなければならない。
「.hack//」シリーズは、全編を通して「the World」と呼ばれるオンラインRPGの中の世界を中心に、リアル(現実世界)での出来事も絡めて話が進められていくものである。その「the World」というオンラインRPGの中で、或る異常事態とでもいうべき現象が発生する。それが「未帰還者」の発生である。
 ここで断っておかなければならないが、残念なことに、私は「.hack//」シリーズの中で実際に知っているのは、TVアニメの「.hack//Roots」のみである。同じくTVアニメの「.hack//SIGN」は、朧気にしか知らないが、そちらにも「未帰還者」が発生しているということは知っているので、おそらく「未帰還者」とは、「.hack//」シリーズを通してのメイン・テーマなのではないかと思う。
 閑話休題。
 その「未帰還者」であるが、「.hack//Roots」においては、或るPC(プレイヤーキャラクター)が、トライエッジと呼ばれる謎のキャラクターに倒されることによって「未帰還者」になってしまう。そして「未帰還者」となったものは、リアルにおいて、原因不明の意識不明状態に陥ってしまうのだ。
 これは、ネット上での擬似的な「死」が、リアルにおいても完全ではないにせよ「死」に極めて近い形として影響を及ぼしていると捉えることが出来る現象である。
 この現象は、「『コミュニタス』に留まる『オタク』」という現象に似てはいないか。
「オタク」が、居心地の良いストレス解消装置に沈潜している点と、「未帰還者」が擬似的な「死」に沈潜している点とでは、対照的なように思えるが、結局のところ「オタク」とは、構造の一般人に軽蔑され、認められていないことからして、社会的な「死」を経験していると捉えることができる。ここから、「オタク」と「未帰還者」は、擬似的な「死」を、今まさに経験しているという点において結びつく。


(2)「魔法使い」の《なりかけ》について

「魔法使い」と言っても、様々な場所で使われる言葉であろうから、その意味を限定する必要があるだろう。
 ここで言う「魔法使い」とは、TYPE-MOONの世界観におけるそれである。
 TYPE-MOONとは、同人ゲーム「月姫」で大ブレイクし、最近では同人から商業へと場を移し、PCゲーム「Fate/stay night」の大ヒット、更にはTVアニメ化、PS2へのコンシューマ化などと、オタク界でその名を知らぬものはいないほどの有名な団体のことである。
 このTYPE-MOON作品の特徴的なところは、すべての作品の世界観が、どこかで通じている、という点がある。
「魔法使い」という概念もその一つである。
 まず、「魔法使い」の概念を説明する前に、TYPE-MOON世界における「魔術師」について説明する必要があるだろう。
「魔術師」とは、簡単に言って「魔術を行使する者」のことを指す。「魔術師」の使うものは「魔術」であって「魔法」ではない。「魔法」とは正に「神秘」であり、誰でもがおいそれと使えるものではないのである。
 TYPE-MOONの世界には、「魔術師」は結構な数がいるようだが、「魔法使い」と呼ばれる存在は、世界で5人しか存在しないという設定なのである。
 そして、「魔法使い」になるための条件は、「根源の渦」と呼ばれるものを見て(経験して、と言うべきなのだろうか?)、帰ってくることのできたものだけである。だが、「根源の渦」へ到達したとされるものの殆どが、帰らぬ人となっているらしい。
 しかし、その中で、前述した5人は「魔法使い」として帰還を果たしたらしいのだ。
 ここで「オタク」と「未帰還者」という概念を交差させよう(ここから先は、「オタク」のことを「未帰還者」の一語でまとめて使用することにする)。
「未帰還者」とは、すなわち「魔法使い」の《なりかけ》なのだ。つまり「根源の渦」とやらに取り込まれたままの存在。そこから帰還すべき状態にありながら、帰還できないでいる状態、という点において、「未帰還者」と「『魔法使い』の《なりかけ》」は結びつく。つまり「根源の渦」とは「コミュニタス」のことなのである。
 では、どうすれば「根源の渦=コミュニタス」から帰還できるのか?
 現在(2006年9月19日)まででTYPE-MOONから出されている作品中で、その姿が確認された「魔法使い」は、「蒼崎青子」というキャラクターただ一人である。
 ただし、彼女は「根源の渦」を見たとは言っても、どうやら「青子は辿り着いただけで、それが何処なのか何なのかちんぷんかんぷんだったそうだ。」(蒼崎青子【人名】の項目「月姫用語辞典 改定新版」『月姫読本PlusPeriod』、宙出版)
 ちなみに青子の性格は、随分とお気楽で能天気な風に描かれている。これはつまり、「根源の渦」を経験したところで、そんなことはどうでもいいと思えるほどの能天気で、元の世界に戻ったほうが断然良いと断言できる人物だったからではないだろうか。
 蒼崎青子が言うところでは(PS2ゲーム『Melty Blood Act Cadenza』参照)、自分以外の魔法使いはみんな「化け物」らしい。これもまたすなわち、極度の能天気でない者が帰還しようとなると、それは「化け物」と呼ばれるほどの変人でなければならない、ということなのではないだろうか。
 そのような人間でなければ「魔法使い」にはなれない。
 ここで改めて「魔法使い」という言葉を考えてみよう。何故「魔術師」の最上級として割り当てられている言葉が「魔法使い」なのだろうか。「魔法使い」と聞くと、一般の方ならば、せいぜい「魔法使いサリー」などといった、可愛い、お茶目な存在を想像するのではないだろうか。
 しかし、「魔法使いサリー」は、たしかにフィクションである。そして見ている者もそれを了解している。「魔法使い」とは、アンリアルな雰囲気を持った単語だから選ばれたのではないだろうか。
「魔法使い」という言葉の響きに反して、「魔術師」などといった言葉では、少しばかりリアリティが出てしまう。というか、世界史を少し齧ったことのある方ならば、自称「魔術師」はたくさん実在したということをご存知だろう。同じように、「錬金術師」という存在もまた、実在していた。
「〜術師」という語は、「その術を行使する者」という意味であり、「魔法使い」は、「魔の法を使う者」という意味なのではないか。「法」ともなると、それは「術」の域を超え、もはや世界の法則を無視した「魔の法」ということになってしまう。そんなものを扱えるとあっては、それはアンリアルである。
 そのことから、蒼崎青子を含めた5人が「魔法使い」と呼ばれるのだとすれば、それはリアルにおいては存在不可能な存在、ということを意味しているのではないだろうか。
 つまり、「オタク」の帰還は不可能である、ということだ。
 だが、実際に「オタク」は構造において生活し、変わらずオタク活動をしているではないか、と思われてしまうかもしれない。
 しかし、彼らは「オタク」として構造を生きているのではない。
 彼らは仕事をするときは普通の会社員として、つまり構造の一員として働いているのであり、「オタク」たる自分を押し殺して生活しているのだ。
 少なくとも今のところは、「オタク」は「オタク」として構造を生きることは出来ない。
「魔法使い」という概念が示すのは、「オタク」たちにとっては非情なる、そんな構造の一事実なのではないだろうか。

<了>


【参考資料】
・「『コミュニタス』について」(筆者、http://sumisawa.fc2web.com/literature/communitas.html)
・TVアニメ「.hack//Roots」
・『月姫読本PlusPeriod』(TYPE-MOON、宙出版)


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